第36回
2025年
絵画部門
Peter Doig
ピーター・ドイグ

1959年4月17日、イギリス・エディンバラ(スコットランド)生まれ
現代絵画の一潮流「新しい具象」の画家。英国のロンドン芸術大学で絵画を学んでいた1980年代当時、最も流行していたのは抽象絵画だが、「そうした表現方法には強く反発していた」。写真や絵はがき、映画などから得たイメージや過去の記憶をもとに豊かな色彩と独特の筆致で風景や人物を描く。作風は神秘的で、現実と非現実が入り交じった「魔術的現実主義」とも呼ばれる。幼少期をカリブ海に面した中米トリニダード・トバゴで、少年期を雪の多い北米カナダで過ごした。その体験が「私の絵画に大きな影響を与えた。素晴らしいインスピレーションの源になっている」と語る。どの作品も長い揺籃期を経て生まれ、「私の絵は自分の人生と深く結びついていると感じる。旅のようなものだし、自分が生きて来た人生そのものだ」。2020年に日本で初となる大規模個展が開催された。
略歴
現代美術における絵画の一潮流「新しい具象(ニュー・フィギュラティブ・ペインティング)」の代表的画家として知られる。「絵を描くためのインスピレーションはいつも過去の記憶のページから生まれてくる」と語るように、写真や絵はがき、映画などから得たイメージや過去の記憶をもとに豊かな色彩と独特の筆致で風景や人物を描く。「画家の中の画家」と呼ばれ、世界で最も重要な画家の一人と評価されている。
その作風は、神秘的かつ夢幻的で、現実と非現実が入り交じった「魔術的現実主義(マジック・リアリズム)」とも呼ばれる。死んだ湖のような風景を描いた《のまれる》(1990年)はホラー映画『13日の金曜日』から着想を得て描かれた。
《ラペイルーズの壁》(2004年)はトリニダード・トバゴの墓地沿いの壁を撮った写真を参照しながら、その壁沿いを歩く男性を描き、『東京物語』(小津安二郎監督)を見て感じた雰囲気を加えた。男性は後ろ姿のため表情は分からないが、「彼の存在を明かすのではなく、むしろ神秘的なままにすることが大切だった。見る人自身が感じ取り、解釈できるようにしたかった」と言う。
スコットランド生まれだが、その記憶はほとんどない。幼少期をカリブ海に面した中米トリニダード・トバゴで、少年期を雪が降り積もる北米カナダで過ごした。こうした南国と北国、光と雪という対照的な環境の経験が、ドイグの視覚的感性を形作り、作品に大きな影響を与えている。
「どちらの国も視覚的にとても魅力的でダイナミックな場所だ。素晴らしいインスピレーションの源になっている」と語るように、その経験は現在も創作の核となっている。
作品には雪や水、カヌーといった題材が繰り返し登場し、自然との関わりを思わせる。「雪や水のようなものが自分の扱う絵の具という素材を生かし、自由な表現ができるモチーフだと感じた」と振り返る。
制作スタイルも独特だ。気に入ったイメージに出合うと、それを写真に撮ったり、新聞を切り抜いたりして集めておくという。「それらのイメージを長い間ストックしておき、時がたってから取り出す。大体10年ぐらい寝かせてから描くことが多い」と語る。
「私の絵は自分の人生と深く結びついていると感じる。旅のようなものだし、自分が生きて来た人生そのものだ」と語るドイグの絵画は、過去の記憶、個人的な体験、そして視覚的な記録が交錯し、見る者に静かで深い余韻を残す。
2005年から2017年までデュッセルドルフ芸術アカデミーで教授を務めた。1994年にはターナー賞にノミネートされ、2008年にはケルンのルートヴィヒ美術館現代美術協会からヴォルフガング・ハーン賞を授与された。
主要な個展が、テート・ブリテン(2008年)、バイエラー財団美術館(2014–15年)、東京国立近代美術館(2020年)、ロンドンのコートールド・ギャラリー(2023年)などで開かれ、2023–24年にはパリのオルセー美術館で自身の作品と同館所蔵作品を対話させた展覧会をキュレーション(作品選択・構成)した。
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ピーター・ドイグ《のまれる》1990年
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ピーター・ドイグ《ブロッター》1993年
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ピーター・ドイグ《スキージャケット》1994年
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ピーター・ドイグ《ガストホーフ・ツァ・ムルデンタールシュペレ》2000-2002年
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ピーター・ドイグ《ラペイルーズの壁》2004年
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ピーター・ドイグ《ポート・オブ・スペインの雨(ホワイトオーク)》2015年
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ピーター・ドイグ《夜の水浴者たち》2019年
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ピーター・ドイグ《Alice at Boscoe’s》2014-2023年
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ロンドンのアトリエにて 2025年4月