第36回
2025年
彫刻部門
Marina Abramović
マリーナ・アブラモヴィッチ

1946年11月30日、セルビア(旧ユーゴスラビア)ベオグラード生まれ
アーティストが自らの身体を使って表現し、時に観客も作品の一部となる「パフォーマンス・アート」の先駆者。肉体と精神の限界に迫る過激な表現に挑戦しながら、芸術の本質を追い求めてきた。ユーゴスラビア(現セルビア)出身。観客に自身の身体を委ねた《リズム0》(1974年)では銃を頭に突き付けられるなど、何度も命を落としかけたが、心身の限界に挑む自己表現が世界中の観客を魅了してきた。2010 年にニューヨーク近代美術館(MoMA)で行った《The Artist Is Present》では、計700時間以上座り続け、無言で観客と見つめ合うパフォーマンスを展開。同館の観客動員記録を更新した。現在はニューヨークに拠点を置き、ロバート・ウィルソン(2023年世界文化賞受賞者)、歌手のレディー・ガガらとも協働。三島由紀夫作品を愛読し、日本文化には特別な思い入れがあるという。
略歴
アーティストが自らの身体を使って表現し、時に観客も作品の一部となる「パフォーマンス・アート」の先駆者。半世紀を超えるキャリアの中で、肉体と精神の限界に挑む過激な作品を通じて、芸術の本質を追い求めてきた。
共産主義体制下のユーゴスラビア(現セルビア)で育ち、パルチザンとしてナチス・ドイツに抵抗した「国民的英雄」の両親のもと、厳格なストイシズム(禁欲精神)を教え込まれた。
「個人の生活など重要ではなく、人生をより高い目的のために捧げるべきだとの考えは私の人生に影響を与え、強い意志と厳しい自己規律を持つようになりました」
幼少期から創作に親しむ中、最も心惹かれたのはパフォーマンス・アートだった。実験対象として観客に自身の身体を委ねた《リズム0》(1974年)では、装填された銃を頭に突き付けられ、別のパフォーマンス作品《リズム5》(1974年)では、酸欠で意識不明になるなど何度も命を落としかけたが、身体と精神の限界に挑むように自己表現を続ける姿勢は世界中の観客を魅了してきた。
「パフォーマンスのリハーサルは一切しません。常に観客の前で初めて試します。なぜなら、私は観客無しでは何もできないからです。観客の存在が私にエネルギーを与え、限界を押し広げる力をくれるのです」。アブラモヴィッチにとって観客は単なる傍観者ではなく、むしろ「創造の共同制作者」だ。
1988年の《The Great Wall Walk(万里の長城を歩く)》では、当時、公私のパートナーだったアーティストのウーライと中国の「万里の長城」の両端から90日間かけて、それぞれ約2500キロずつ歩き、中間地点で再会して別れを告げた。人生と作品が交錯するその在り方は、彼女の芸術哲学を体現している。
中でも特筆すべきは、2010年にニューヨーク近代美術館(MoMA)で行われた《The Artist Is Present》。約3カ月、合計700時間以上も椅子に座り続け、無言で観客と見つめ合うパフォーマンスを実施。85万人を集め、MoMAの観客動員記録を更新した。準備のため断食や沈黙の修行を1年間行い、「創作は、私にとって生きることそのもの」と語る。
「21世紀の観客は『見ること』に疲れ、鑑賞ではなく『何かの一部になりたい』と願っています。彼らは私に見つめられることで自分自身の内面と向き合わざるを得ず、多くの人々が感情を激しく揺さぶられて、ただ泣き続けました。私にとっても地獄のような過酷な体験でしたが、それでもやる価値があったのです」
近年はニューヨークに拠点を置き、ロバート・ウィルソン(2023年世界文化賞受賞者)、歌手のレディー・ガガらとも協働。教育活動にも力を注ぎ、ヨーロッパやアメリカで教鞭を執る一方、2012年には長時間パフォーマンスに特化した研究機関「マリーナ・アブラモヴィッチ研究所(MAI)」を設立。後進の育成とコラボレーションの場を提供している。
1997年に第47回ヴェネツィア・ビエンナーレ金獅子賞を受賞、2008年にオーストリア科学芸術名誉勲章を授与された。2023年にはロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで大規模個展を開催、ギャラリー全体を作品で占めた初の女性アーティストとなった。同展は2026年までヨーロッパの会場を巡回する。
2000年の大地の芸術祭・越後妻有アートトリエンナーレで、古民家を改修した宿泊型アート作品《夢の家》(2000年)を手掛けるなど、日本も複数回訪問。「三島由紀夫は最も好きな作家の一人」と語り、日本文化には特別な思い入れを持つという。
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マリーナ・アブラモヴィッチ《リズム5》1974年
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ウーライ/マリーナ・アブラモヴィッチ《リレーション・イン・タイム》1977年
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マリーナ・アブラモヴィッチ《アーティスト・イズ・プレゼント》2010年
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マリーナ・アブラモヴィッチ《夢の家》2000年
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マリーナ・アブラモヴィッチ《夢の家》2000年
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マリーナ・アブラモヴィッチ《夢の家》2000年
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自著を手に ロンドンのホテルにて 2025年4月